ブロ愚

日々徒然と妄想文

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ボツサルベージ
折角ボツを漁ったので開陳
観念的な話を書くと収拾がつかなくなるのは目に見えているのでもうやめようと思いました

「デッドエンドのおもいで」の主人公が影時だった場合の後日談です(あの話自体はどっちかというと青を想定して書いてます)
荒垣さんがわかりやすく病んでる話って珍しいかもしれない……そうでもない?




 そして、俺たちはしんと音のしない屋内から、明かりのない往来へと飛び出した。吐き出した息は白く、脳裏に浮かぶのは同じように二人で逃げ出そうとした残暑のこと。どれほど月日を重ねようと、昨日のことのように思い出せる。彼は逃れられなかった。俺もそうだった。だから失敗した。二人で来た道を辿って、静かに帰路についた。そのとき、たったひとつだけ約束してくれた。"もう一度"があるのなら、その時こそは、と。
 だけど、ようやく鎖を断ち切った頃には、彼は抜け殻になっていた。それでも俺は彼と離れたくなくて、今日まで来てしまった。だから、今度こそ。今度こそ、行こう。

 あの日よりも、ずっとずっと遠くへ。


楽園の東


 好きだって言われることが嬉しくて、涙が出るほどだった。素直に嬉しいと言うと、彼はよくその言葉を言ってくれるようになった。自分に言い聞かせるみたいに。俺を宥めるように。与えられない物の代わりにするように。
「愛ってなに?」
 小さな子供がなんでなんでと訊ねるように、その頃の俺はよくいろいろな質問をしては彼を困らせていた。別に、正しい答えが欲しかった訳じゃない。彼の声が聞きたくて、彼の関心を惹きたくて、彼の言葉を望んで、無知を餌にしていただけだ。だからそれも、そんな欲のひとつだった。
「辞書引けよ」
「対象をかけがえのないものと認めそれに引き付けられる心の動き。またその気持ちの表れ。あるいはキリスト教で見返りを求めず限りなく深くいつくしむこと」
 冷たく突き放すように返された言葉に、俺は辞書に書かれていた文面を暗唱する。彼はぎょっと目を丸くした後、あからさまに『面倒だなこいつ』の文字を顔に張り付けた。
「ねえ、愛ってなに?」
「だから、それだろ」
「どれ」
「さっきの、対象を……なんちゃら」
「じゃあ、好きとどう違うんですか」
 彼の膝に頭を乗せる形で寝転がった俺の髪を、彼の指が手慰みに弄くっていた。そんな体勢だったものだから、彼が苦虫を噛み潰したような表情をしたのをまじまじと眺めることが出来た。
 我ながら酷いことを訊いたと思う。彼が常用している言葉と一度も言ったことのない言葉の、その崖の高さを、自分が下にいることを承知で訊ねたのだから。
「一応訊いとくが、辞書で引くとどうなんだ」
「心が引き付けられること」
 待ってました、と笑いながら俺は答える。
「愛と同じような感じだけど、愛とは違う?」
「ああ」
 否定しなかった。どこか観念したように、歯切れ悪く言葉を続ける。
「お前もよく言うだろ、"好き"。クッキーが好きだの、明るいところが好きだの、雨が好きだの」
 でも、と一度区切る。
「愛は、言葉じゃない。多分な」
「なにそれ。概念ってこと?」
 彼は頷かない。ただ襟足を静かに払った彼の指が、ゆっくり俺の首をなぞる。喉仏を押さえられて、僅かな息苦しさに少し身をよじった。だけどそれを追うように彼の手のひらが首に回されて、その真意に気付く。このまま彼が手に力を入れたら、たぶん、俺の命なんかあっけなく消える。
「呪いみたいなもんだ。与えようとすればするほど、乞おうとすればするほど、酷ぇ方向に転がっていく。何をしても許されるような気になるんだ。物を盗っても、人を傷つけても」
 思い当たる節があるのか眉間に刻まれた皺が深くなる。脳裏にあるのは、彼自身のことだろうか。最後になにか付け足すように彼がつぶやいたけど、それがあまりにささやかな音量だったものだから、俺の耳には届かなかった。
 代わりに、変なの、と俺が呟く。ううん、緩やかにとはいえ首を絞められていると喋りにくい。声量も出ないし、息が続かなくてつい途切れ途切れになってしまう。
「愛は尊いとか、素晴らしいとか、みんな口を揃えて、言うのに。先輩の言う愛は、存在しちゃいけないもの、みたいに、聞こえる」
 そうだな。そう言って彼は肯定する。
「愛なんか無い方がいい」
 痛切な響きに思えるのは、彼がそんな風に喋っているからか俺の心が痛んでいるのか、あるいはその両方かのどれかの所為だろう。どれだってきっと、同じだけど。
「じゃあ――」
 自分の首に回された、彼のごつごつした指を、ひとごとみたいに見つめる。
「俺のこと、愛してない?」
 彼は答えなかった。頷きも否定もしなかった。笑いもしなかったし泣きもしなかった。頷けば、俺たちのこれまでが嘘になる。でも。否定すれば、愛が、嘘になる。八方ふさがりで動けないまま、ただじいっと、俺の命に手のひらを押し当てていた。


 潮の匂いをはっきりと感じ取って、俺は顔を上げる。夜明け前の暗闇に遠い水平線を見つけた。深く息を吐いた後、彼の背中を追いかけるように足を前に進める。風も無いので、足音だけが耳につく。
 景色は、様変わりしていた。それだけの年月が経っていた。既に道ではなくなった場所を、記憶だけを頼りに歩いていく。水平線が見えるなら、方向としては間違っていない。海に出たらあとは砂浜沿いに歩けばいい。歩いて、歩いて――それで、どこへ行けばいいんだろう。
 音が聞こえなくなる。疑問が、足を止めていた。
 あのとき、俺と彼はどこへ行こうとしていたんだっけ? あのホテルが最初からの目的地ではなかった。ただ、逃げたくて。この街から遠くへ行こうと、彼が言って、頷いて。
 ……遠くへ。


「このまま首絞めたら、お前、どうする?」
 長い長い沈黙のあと、そう訊ねられて俺も黙ったまま考えてみる。もう絞まってる、とか、そういうことじゃなくて。どう答えたら、この優しい人を傷つけずに済む?
「いいよ」
 だけどどれだけ考えようと確信を持てる答えなんか出なくて。思ったことをぽそぽそと、彼の顔を窺いながら答える。
「先輩に、殺されてもいいよ。俺は、ゆるす、よ」
 だってそれが、愛なんでしょ。だったら答えはひとつだ。傷つけられても殺されても、その愛に応えようと思うのなら、許せばいい。そして、俺が彼を愛していて彼がそうでなかろうと、彼が俺を愛していて俺がそうでなかろうと。後に残されたものが同じなら、そこにただ愛があったことしか解らないなら。つまるところ、俺が彼を想うことと彼が俺を想うことは、等しい。
 彼の目が見開かれて、俺を見つめる。表情のコントロールを失ったように、目元と口元が別々の感情を持つ。泣きそうに、笑いそうに。
「お前、馬鹿だろ……」
「耳にタコ」
 もううんざりですよ、と言わんばかりに俺が答えると、彼がくつくつと笑う。喉から手を離して、軽い調子で「悪かったな」と言った。本当に悪いとは、思ってなさそうだなあ。
 そして今のやり取りで解った。この人の倫理観はもの凄く真っ当だけど、それは歪みを自覚している所為だ。理性で本能を押さえていると言えば聞こえはいいけど、根っこの屈折している部分は治そうともしていない。なるほど、真っ直ぐすぎて歪んでる真田先輩と相性がいいわけだ。彼を否定すれば自分の根幹を否定することになりかねない。だから許容するしかないし、そもそもそのことについて不快感も覚えない。
 けど、もし真田先輩がそのことに気付いて本当に"ただの真っ直ぐなひと"になっちゃったら、この人どうする気なんだろう。自分は置いていかれるだけなのに。
 ……あるいは逆に、置いていくために?


 空と水平線の隙間に、光が差す。黙って見つめているうちに、どんどん強くなる光は宵闇を焼いて空を赤く焦がしていく。暗がりに沈んでいた街の景色も、俺の姿も、曝け出される。海だけがそれを待ち望んでいたようにきらきらと光っていた。
 歩いてきた道なき道を振り返った。太陽に焼かれたような焦土の上に、積み木を崩したみたいに瓦礫がごろごろと転がっている。水平線にも地平線にも目を走らせたけど、もう何処にも、塔は見えなかった。柔らかな砂に描かれた1人分の足跡が、転々と俺の足元に繋がっているだけ。
「遠くに、来ちゃったね」
 頬を撫でた風が、それを肯定した。






・人類が滅んで封印から解放された後
・鎖を断ち切る=封印が解ける
・抜け殻=遺体


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