ブロ愚

日々徒然と妄想文

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不幸な街の幸福なひと
”ループしすぎでおかしくなった荒主”、ちょっと書いてみました。1300くらい。続きからどうぞ。

03/08追記
・これが最初です。
・ループしすぎで~のネタ元はこの記事の最後。







不幸な街の幸福なひと



 日の光を遮るカーテンが窓から入る風を孕んで揺れる。不安定に隙間から漏れる光は、白いシーツに細い少年の影を映しては消え、映しては消えを繰り返した。九月の風は陽光に反してどこか冷たい。
「それから、お粥を作ってくれたんです」
 穏やかに話す少年の声も影と同じようにふとした瞬間に途切れては、要領を得ない箇所からまた繋がる。声の主である、ベッドに座る少年の瞳は心の内を現すような長い前髪に覆われて、随分と前から現在を見てはいなかった。
「粥?」
 もう一人の、青年と言っていいくらいの年齢に見える少年が続きを促す。ベッドの傍らに置かれた椅子に背を預けた彼は逆光に眼を細めながらも語る少年を見つめていた。いつか、視線が交わることを期待しているかのように。
「美味しかった」
 けれども少年はどこか遠くを見つめたまま、今まさに料理を食べたかというようにうっとりとした声で言う。その表情は変わらない。語る内容がどれだけ幸福なものであっても、痛ましいものであっても、表情という概念をどこかでなくしてしまったのか少年の表情が動くことはなかった。
「あの人ね、料理上手なんです。恥ずかしがって、好きだなんて絶対言わないけど」
 少年が語るのはいつもたったひとりの人間についてだ。その人物がどんな容貌で、何を愛し、何をしたのか。浪が砂浜に打ち寄せるように終わりの見えない、その問わず語りは思い出の形をしていた。しかし内容は未来にまで及び、同じ日であっても幾つものパターンを描く。
 妄想。
 妄言。
 精神病者の戯言――
 少年の言葉に少しでも耳を傾ければそう断じるのはあまりにも簡単だったし、初めこそ彼もそう思っていた。
 風に揺れるカーテンから漏れる光は、次第に橙色を増して空を焼き始めている。陽は傾いた――そう、陽は傾いてしまった。増える影の面積に押されるように、否定するための材料は少しずつ取り上げられて、彼の手には何も残っていない。認めざるを得ないのだ。この少年をめぐる、様々なことについて。
 彼はわざとらしく音を立てて椅子を引いた。少年の話を遮ってしまうことを少しだけ申し訳なく思いながら。
「そろそろ帰るが、必要なものは無いな?」
「あ……はい。いつもすいません」
 着替えの入ったバッグを担ぐ様子を見て、少年が頭を下げる。気にするなと言って頭を撫でてももう少年はぼんやりとするばかりで、反応はない。『思い出話』以外では指先を掠めるようなコミュニケーションしか取れないのが常だったので、彼は今更気にすることではないと背を向けた。
「あの」
 投げかけられた声にどきりとして、彼は振り返る。磨り硝子のような瞳が彼を捉えようと揺れていた。無理な話だと解っている。それでも期待してしまいながら、どうしたと優しい声で答えた。
「お兄さんは、なんて名前ですか?」
 息を呑んだ。希望。失望。相反するものが同時にせり上がる。失望できるだけの期待を抱いていたことも、この状況の中で未だ希望を探していることも、何だか可笑しく思えて彼は笑った。

「名前なんかねえよ」

 臙脂のコートに黒いニット帽を被った彼は、人に鋭いと評される眼を伏せる。それからこの小さな箱庭の外の、海に浮かぶ人工島とそこに面した街へ思いを馳せる。忘れ去られた場所。必要とされなくなった現実。それに比べて、全く。自分は何て――


 ――幸せなんだろう、と。


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